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明日また頑張れる

「お芝居で感謝の気持ちを皆さんに返したいと思って今年もやってきました。それが届いていたら嬉しいです」 ―安西慎太郎オフィシャルブログ2016/12/16

3/18 スーツの男たち 初日

予想外の萌えにのた打ち回りながら書き連ねるので、支離滅裂だと思うが許してほしい。

そう。

萌えた。

 

スゲーーーー萌えた。

 

ぶっちゃけそんなに期待してなくて、「演出家の方がツイートおしゃべりだから心配だな~まぁしんちゃんが良ければそれで…」とか思いながら座席についた自分。

幕が上がると、・・・だめだもうほんと萌えたの。聞いて。

でもメチャクチャストーリーのこと話すし伏線も話すしネタバレするから、これから観る人は聞かないで。

 

 

普通に舞台の感想から

ステージには普通のチェア3つ、場所はニューヨークの鉄道の出入り口付近らしい。

足を組んで座り小さい冊子にメモをとるマックス(安西慎太郎)は、髪の毛をワックスで撫で付け体にジャストサイズの青いスリーピーススーツを華麗に着こなし、インテリヤクザそのもの。

一方、その周りをチョロチョロ動き回るボビー(章平)は、いかつい顔にがっしりとした体にグレーのスーツを着ているものの、どこか小物感が漂っており、脳筋ヤクザといったところか。

ここでは二人の関係は完全に上司と部下、指示を出す立場のマックスが仕事前に浮き足立つボビーを落ち着かせようとしていた。

 

この序盤を見ながら観客が思うのは、

  • ボビーはバカだけどいいやつ
  • マックスは頭がいいけど冷たいやつ

ということ。

この印象が、場面が変わるごとにどんどん変わっていくのがこのお芝居の面白さだった。

書きながら思ったけれど、舞台中の時の流れはほぼ一晩だけ。せりふだけで登場人物の心の動きを見せ、ドラマをつくる巧みな脚本に気づく。

また、バーモント州の広大な道路を夜中に車で走り続けることを対向車が通ったときのライトで表現したりと、地味めな演出も私は好きだった。

そして何より、90分間あっという間に感じるほど惹きこませてくれた、セリフということを忘れさせるほど自然な演技の役者陣に天晴!

 

”3人”の妙

パンフレットにもあったが、3人とは2人VS1人という多数決となる微妙な人数だ。

せりふには色んな関係性が見え隠れする。

仕事仲間。

上司と部下。

ボスと末端。

幼馴染。

都会と田舎。

学歴ありなし。

父と息子。

 

結論から言うと、マックスは「マックスとボビーVSボス」としようとしたが、結局「マックスVSボビーとボス」だったということだ。

しかし、その結論に至るまでにマックスもボビーも悩み、相手を理解しようとし、その末にお互いに、相手よりも大切なものを選ぼうとする。結果、どちらも大きなものを失う。

いわゆるバッドエンドで、途中で予想する結末のうちのひとつではあるが、二人が理解し合おうとし、あきらめ、それでも希望を持とうとした末であることがある種のカタルシスを生む。

 

ほとんど2人芝居で、それはつまりマックスとボビーにとっても互いといる時間のほうがボスといる時間よりも圧倒的に長いということ。でも、さまざまな関係性と価値観の違いから、ボビーはボスを選ぶ。

こういうことってリアルでもあると思う。この子とずっと仲良くしてるけど、最近知り合ったあの子の方が親友なんだろうな、とか。

こういう、時として残酷な”相性”というものが、絶対的にあるんだよなぁ。

 

ボスの恐ろしさ

ボスとボビーが二人きりになったとき、ボビーはおそらく最初は「マックスは少しおかしくなっているけど、いい奴だから、大丈夫だ」と伝えたかったはずだ。しかし、ボスはそのボビーの言い分を聞いてなのか、裏ルートで知っていてなのか(多分こっちかな?ボビーが使った後のトイレに誰かいたから)マックスを処分することを決める。

 

恐ろしいのはここからで、まずボビーに知らせることなくマックスを処分することもできるのに、ボビーに殺させることを選ぶ。そして、ボビーに単純に「マックスを殺せ」と伝えても「ボスに命令されて殺した」ということになり、原因はボスになるので、自然に、ごく自然に、「マックスは俺たちとは違う。でもあいつはマフィアになってしまった。一度マフィアになった以上、普通の生活に戻っても幸せになれない。だから殺せ」と誘導する。

するとどうだろう、「俺たちと違うから殺した」ということになり、原因はマックスにあることになるのだ。

最終幕、マックスが賛辞した華麗な手つきでマックス自身を刺すボビーには、「人を殺す」罪悪感はあるにせよ、「マックスを殺す」罪悪感はなかっただろう。

 

つまり

自分より下に見ていたボビーを、目をかけてやったつもりでマフィアに誘った結果、相手の方が優位な立場になり、それでも自分の夢をさらけ出して理解を得ようとしたけど、土壇場で相手を裏切ってしまい、でもすぐに意見を翻して、最終的に捨てられるマックス萌えなんですよ。

自分よりボスに近いと思い、ボスさえもどこか見下していたマックスが、ボスとボビーに「俺たちと何か違う」という理由で簡単に切り捨てられてしまう、その状況がエリートの挫折を性癖とするわたくしのツボを乱れ押しなんですよ。*1

 

マックスほんまカワイイ

マックスは小説を書いていた。それは、逃避のための資金集めでもあったんだろうが、小説にすることで「これは現実ではない。自分は悪い夢を見ていて、自分の人生は別のところにあるんだ」と思いたかったのではないだろうか。

そんな弱い人間が、この舞台の幕開けにあんなスンッ!て座っていたのかと思うと、スゲーーーーーーー萌える。撫で付けた髪も、仕立てのいいスーツも、余裕のある態度も、虚勢だったのだ。本当は、最終幕の安っぽい服に身を包み他人に怯えてカバンを抱え込むチンチクリンなのだ。スゲーーー(略)

もうほんと、この結末を知った上で明日また最初から観られるのが楽しみでたまらない!!!

 

安西くんの言葉が全て

パンフレットで安西くんは、マックスのことをこう語っている。

作中のマックスは、仕事に失敗し危機的な状況にあります。実は、僕も悩み事や不安なことがあると彼のように寝つきが悪くなって、すぐに目を覚ますこともあるんです。でも、落ち込んだときには、お客様やファンの方から頂いたお手紙の言葉や周りの人に支えられ乗り越えて来ました。(中略)でも、残念ながらマックスにこの”支え”はない。

ー「スーツの男たち」パンフレットより

この、悩んだとき、不安なときに支えてくれる人がいない切迫感こそが、マックスの不思議な魅力なんだろうなと。ボビーは支えだったかもしれないけど、完全に信頼してはいなかったし、ボビーの絶対は自分ではないとマックスは本能的に知っていたのかもしれない。本当に安西くんは、そのキャラクターの”肝”を捉えて演じているんだなぁと感心しきり。

最近インタビューか何かで「普通の役をやりたい」と言っていたけれども、今回のマックスは普通の暮らしに憧れる、少し頭がいいだけの普通の男だったと思う。

今年は1月の幸福な職場に続き、このスーツの男たちも文句なしのすばらしい舞台で、まだ3月なのに2017年大満足!!!

 

*1:赤ずきんチャチャでリーヤの方がチャチャといい感じのときのしいねちゃんとか、ダイの大冒険で勇者を憎み悪に手を染めたけど自分の父親が勇者ではなく自分のボスに殺されたことを知ったヒュンケルとか、ヒカルの碁で年下にどんどん追い抜かれていく伊角さんとか!!!